田畑を歩く

植田の畑作地帯の地勢は変わっていて、自然の地形が生かされ、河岸段丘や細い川や浸食された谷などにより複雑な地形となっている。

畑も耕作放棄されると、とたんに自然に帰っていく。木津川の氾濫により上流から肥沃な土砂が堆積し地味は肥えている。

1時間ばかり田畑・畦道を歩くと疲れて村中に戻る。何度も訪ねているので迷わないが、地形が複雑のため1本道を間違えると違う場所に行ってしまう。

上の地蔵・灯籠は段丘上と村落の境界に建てられていて、段丘(自然堤防)よりずいぶん低い位置に里道があることになる。破堤への守りとして塚は造られたのだろう。なお古い家は高い石垣を築いて家を建てている。

帰りの道で...狭い小径が多く道より軒がはみ出ていて、宅配のバントラックがぶつかるのを警告したものだろう。

少し太い道に出るとちょっと有名な手作りの豆腐屋がある。その向こうは巨大な溜め池になっている。

廃屋の庭に梅の花が満開だ...主は居なくなっても植物は繁茂している。これがデイライトシンクロだ。

その廃屋の敷地を通らせてもらう...その向こうが度々登場する如来堂で神社の駐車場への近道なのである。ここでも中庭にボケの花が咲いていた。

如来堂脇の最後に残った竹林に街灯が建てられていた。新開地が数十軒できたのだから当然と思うが、設置票を見ると「防衛省」と書いてあった。町や京都府ではなく防衛省の管轄なのである。戦前から弾薬庫の町として恩恵を受けてきたのが依然として続いているのであろう。

神社の駐車場に戻ると自動点灯のLEDランプが点いた...神社の森だけは残るだろう。