水郷地帯

前の旅の始末がつかないうちに新しいシリーズになってしまう。今回は太郎坊宮(内陸)へ行ったのだが、わざわざ遠回りの湖周道路を選んだ…と言うのも冬の琵琶湖を見たかったのと新車の「慣らし運転」を兼ねてノンビリ行くことにしたのである。上は湖周道路のパーキングエリア(一般道だが、あちこちにPAがある)でのカット、さすがに寒くて人は少ない。しかし湖面を眺める人や、PAを利用してキャンピングをする人も見られた=もちろん本来は禁止だが水道やトイレもあり、車中泊も含めて大目に見ているようだ。

なんと私にとって3台目のFIAT500である(どれも新車)。最初はFIAT500/1.2が出てすぐに購入(これは2年乗っただけで親族へ)、2台目はFIAT500/Twinairで、これも3年乗って親戚にいった。「最後の車」は今まで乗った中で一番気に入っているFIAT500/Twinairとしたのである。そして色々検索したり電話確認したりしても、小型でパワフルなガソリンエンジンのマシンは少なく(デザインも重要)結局今回も同じ結論となった。あとの自用の車は軽バンとスポーツカーなので遠出には向かない。正規代理店で探して貰ったら全国で3台しかなく、今を逃すといつ入るか分からず、次には値上げが待っている(11月末の契約)。最初はボサノバホワイト、次がソリッドグレー、今回はホワイトながら最初の車より白い…前のFIAT500/Twinairより少しパワーが上がり各部の機能も高まった…もちろん価格も上がったが…。

さて湖周道路から水郷地帯へ曲がると円山町に着く。ここは50年前に初めて教授に連れられて来た懐かしい場所である(バスで来た)。バス停の待合小屋はこの間に1回建て替えられたが、新しい小屋も老朽化著しい。おそらく昔は毘沙門天堂がここにあったのだろうが、その石碑だけが一回新調されて昔と同様に建っていた。小屋の茶色い錆びた鉄板は50年前にはハッキリしていた円山町の地図である。読めなくなっても外さない。

バス停の標識から見た…道の奥が円山町で、この1本の道路(埋立)で陸地とつながっていて、周りは葦原の水郷地帯で人々は小舟で移動していた。現在は干拓が進んで反対側にも抜けられる。

いまだに整頓された小屋の内部には古い水郷の地図も外されることもなく架かっている。バス停は左の緑の山の麓にある。

観光水郷巡りが始まって20年以上経ち、すっかり整備された船着き場と水路である。現在は水路の付近だけ葦原を残して干拓されて田畑に変わっている。それでもラムサール条約登録に指定され荒れた感じは見られない。円山だけではなく数カ所から水郷巡りの船は出ている。ここに寄ってこの景色の中で持参の弁当をつかうのもいつものことだ。

近江八幡水郷めぐり_水郷のさとまるやま

 50年前の円山町地先の風景。