展望広場

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広場の周囲を見てみると、右手に鳥獣供養塔が建っている…それほど狩猟の盛んな地域ではないが、何か縁のある人が建立寄付したのだろう。

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その左には「隆範大僧正」の碑があって(おそらく海住山寺の中興の祖)その前にツツジが今を盛りと咲いていた。あとは忠魂碑が木立の影に建っている。

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そして展望の開けた場所には、向こう側が崖となっているために、柵代わりにツツジの生け垣に配されている。良い休憩所なので、今は何もない広場の中心に東屋でも築いたほうがいいと思う。

 

五重塔

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近寄って見てみると、さすがに国宝に指定されているだけのことはある。陶酔的なカーブを持つ屋根瓦の列、垂木や蛙又の優美な曲線、言うことはない。

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また同一の角度で新緑を入れた(18mmならでは)、赤と緑の補色の響き合いがより美しさを感じられる(紅葉の時は赤に赤)。

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少し離れて見ると、それほど高くはないことが分かる(五階建てとは違う)。しかし近づいた時の迫力はおおいに感じられる。ここに詣った時はあらゆる角度と距離、そして季節も違えてジックリ見て欲しい...さらに修復のための資金協力も期待したい。

鹿背山

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本堂の瓦は新調された。その脇から山を登る…このあたりは森が深いためシンクロさせてカエデの葉を撮った。秋には真っ赤になる。

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僅かに5分ばかりで山頂らしき場所に到着、ここはお寺が手を入れて展望所にしている。山は落葉樹が多くて新緑がちょうどよく輝いている=写真ではなかなか表現できない。逆光で撮影すると雰囲気を出しやすくなるが…。ここから先は神童寺へのハイキングコースとなっている。ハイカーが境内を通り抜けるので寺との摩擦が生じている(お寺が境内を整備するより前からハイキングコースだったため進入禁止にはできない)。ハイカーが弁当を広げたりするため(境内は飲食禁止)、この10年ほどの間に境内のベンチはほとんど撤去され、しかし参拝者の休む場所もなくなっている。なんとか和解する方策を見つけないと来訪者は減っていくだろう(純粋の信徒はそれほど多くない)、何度も来ている私ですら居心地が良くないのである=今回から写真撮影者は+400円という張り紙となっていた(記念撮影程度はOKらしい)。山頂の広場にも座る場所は1ヶ所、2名しか座れない…その石のベンチから撮影した。

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そしてベンチの背後からの景色である。展望と言っても周りは山に囲まれているため、この範囲だけが開けている。正面の小山は鹿背山(歴史に名高い山城があった)、その麓にベルトのように竹林が茂っている、それが木津川の河川敷である。川面は少ししか見えないが鹿背山の頂上の下に八幡社があり、更に手前の竹林の盛り上がった場所に恵比須神社があって、少し前まで船渡御の祭りが両神社の間で行われていた。正面奥の霞んだ山塊は奈良の葛城山系である。

鹿背山城

 

海住山寺

海住山寺 | かいじゅうせんじ

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今日はよく晴れたので4/30に続いて近在散歩だ(もちろん写真は忘れない)。補陀落山 海住山寺とは立派な山号だ。観音菩薩の示す楽園世界を表している。

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山門を入ると弘法大師像が出迎えてくれる。ここでも新緑が眩しく光っている。pm1:30

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国宝:五重塔、伽藍の多くは消滅したが、本堂と塔だけは残った。どちらも傷みが出ていて、昨年本堂の屋根や建家の一部が改宗された。5/9まで特別拝観がなされているので、近くの人は立ち寄ってみると良い。

今回は現代的なカメラ(最新型ではないが)で新緑を撮る…Nikon D610+NIKKOR 18-35mm/F3.5-4.5D、フードは巨大でジャマになるため付けずに撮影する(逆光にも強い)。D750に比べるとダイナミックレンジが多少狭いと感じられた。そして特徴的なのはシャッター音(ミラー音も含めて)の賑やさだろう。

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AI AF Zoom-Nikkor 18-35mm f/3.5-4.5D IF-ED

本堂前へ

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山門から正面に弁天池があり、その周りは色々な植物が植えられている。今が盛りのコデマリ、池畔に自然に生えているように見えるが、実際は手入れがなされていて、このように優美に咲くのである(筆者の庭のコデマリは塊で咲いている)。池の真ん中に社がある。

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池を右に回ると本堂だ。カエデの古木が葉を伸ばして、その先に本堂が座っているという趣向である。 OLYMPUS E-1のダイナミックレンジは狭くて、思わず加工したくなるが、ここは明るさの調整だけにしておこう(評価測光も中央部重点で現在の機種とは様相が違う)。

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本堂前から、池ごしに国宝の三重塔を木の間から見てみる。ここではE-1の「濃さ」が光ってくる。新緑と言うより初夏の景色のようだ。

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その背後の本堂、この奥に国宝の九体仏(九品仏)が鎮座している。中には過去4回入って詣っているし、現在仏像を順次修復していて7体しか見られないため、全部揃うまではお預けということになる。

9体おそろい、しばらくお預け 国宝仏が修理へ

 

山門をくぐって

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前回、初春に来たときとは違って参道も山門付近も新緑だ。この整理されない自然の山寺の雰囲気が好い。何度も季節や天候を違えて来るのはとても嬉しいことである。

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去年の張り紙は「境内はマスクの着用…」、今年は「近くに他の方がいらっしゃらなければマスクをはずして一度、深呼吸を…」。深い山のお寺、空気は清浄である。日なたを歩けばジャケットが暑くさえ感じられる。昨年の「宣言」時は4時閉門、今年は5時閉門(つまり平常どおり)。

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山門をくぐったすぐに鐘楼と自然のままのごとく植えられたカエデ、新緑の光が緑の夢を思わせる...「緑夢」これは50年前に登山を始めた頃、京都北山の春の広葉樹の原生林を歩いたときの印象が言葉に浮かんだものである。その後もずっと頭から離れることはない。

OLYMPUS E-1のかなり無理なAWBが雰囲気を作っている。これが標準設定であり、画像処理はしていない。

 

浄瑠璃寺

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また「宣言」が出たので、府県を越えない範囲での近所の探索にでかけた。今年の連休は天候が不順で、ようやく今日は晴れた…まずはいつも訪問する浄瑠璃寺だ。やはり人は少ない(平日のせいもある)。

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小さな門前町前でいつものショット、土産店は開いているし、食堂・茶店も開いている。いつもと変わらぬ雰囲気である…人出が少ないと言っても平時の季節外れの平日と考えれば「同じ」である。ただしバスで来る人は少なく、車で来ている人がいつもより多い。

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短い参道の野菜無人販売所にも作物は置かれていない。今は春の花の時期が終わって、咲いているのはツツジぐらいだ(それも多くは生えていない)。

今回は無謀にもOLYMPUS E-1+ZUIKO 9-18mm/F4-5.6で撮影した。色は濃いめに出るし、たったの500万画素とは思えぬ精緻さも見せる…しかしダイナミックレンジは狭く、もうひとつ気がついたことで、バッファメモリーが小さく、連写などは読込に時間がかかるのが分かった。帰宅後、もう一台のE-1(シリアルが若い)と比べると、読込速度に個体差があることも判明…E-1にも中途で改良があった模様である。本日2時間で178カット、次は5/3に別の近在へ撮影に行く。不要不急の外出の自粛…とは言え、研究は不要ではないし、68.5歳の筆者にとっては不急とも言えない(元気にフィールドワークに行けるのもあと僅か)。ワクチン接種ももうすぐだ。

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船着き場

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さて連絡船が去って、あたりを見渡すと昔ながらの形の百葉箱(中身は最新の装置)が建っていた。屋根にソーラーパネルがあり、おそらく風速計用の羽根で風力発電もして電気をまかなっているのだろう。本土との間の海峡は船の通り道らしく、ひっきりなしに往来がある。

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船便の数の割りに立派な待合室で、トイレも男女用はもちろん多目的トイレも備えている。そして緑電話も現役だ。

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島の港地区へ入る場所に観光地図のパネルがあった…唯一の観光案内(観光地図なので縮尺は誇張があり、居住地はずっと狭い)。島はこのようにナスビ型をしており、人が住んでいるのは左の浜地区と右の浦地区で、島の大部分は深い森につつまれている。以前は北端に板持集落があったが、現在は廃村になっているようである。浜地区は狭い海沿いの平地に立地して元は商店もあった。浦地区は海蝕崖の上の斜面に多くの家が建っていて、一時は伝建地区の指定候補にもなったぐらい古くからの島の町並みが残されていた。現在はその話も立ち消えとなったようだ(ほとんどが廃屋となり荒れてしまった)。

 

高見島

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多度津から25分の航海で高見島に到着。この間に雨はほぼ上がった。車は0台、私を除けば3名の下船である。買い出しや通院などで多度津へ朝に行った人が戻ってきただけで、観光客はひとりも居なかった。まん丸な島の形が好い…実際はなすび型なのだが、集落のある側から見ると富士山のような形である。そして山裾は大部分断崖となっていて、民家は海沿いの狭い平地や海岸段丘上に建っている。島民20数名、10年前に来たときよりずっと人の気配が少なくなっているようだ。

離島統計情報|香川県

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港では軽トラが待っていて、買い出しの荷物を各家庭へ運ぶようだ。この女性は世話役的な存在で、買い出しに行ったり、船の発着や切符の販売などを受け持っている。3回目の来島だが、いずれも連絡船の発着の世話をしていた。

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連絡船は人とモノを降ろして次の寄港地である佐柳島を目指して離岸していった。いわゆる近接離島で多度津の街並みが雨中でも見えている。船は多度津-高見島-佐柳島を朝・昼・夕方と、日に3便ばかり往復して島民の本土とつながる唯一の通行を担っている。たとえ乗船客が数名でもゆるがせにできない状況なのである。その裏に連絡船の赤字補填の補助金が給付されている(船自体は民営)。

 

多度津港

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雨の多度津港。港町の風情が残っている…往事はここから上がって金比羅さんへ詣ったもので、そうとうに栄えた港だ。現在は港の先の埋め立て地に巨大なドックがあり、大型船の整備や点検が盛んにおこなわれている。ここから出る離島フェリーは高見島と佐柳島への便で、2年ぶりに見ると塗装が新しくなっただけではなく、内部もリフォームされて良くなっていた。

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さて出航、雨が降ってもやはりオープンデッキが好い…今回で5度目の乗船だが、25分の航海、特に出船入船の景色は中にいては味わえないものである。島民の乗客も同じ気持ちなのだろう、半分雨に濡れたベンチに座って景色を眺めていた。天気予報では午後から晴れることになっていたが、pm2の出港時では雨足はまだ衰えていない。

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港を出たところからドックを望む。もちろん造船もするのだが、また造船不況が来ているのか、新造船より古い船の整備が中心となっている。左の山が讃岐富士である。これから高見島(10年で3度目の上陸)へ向かう。