脇町-2

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この通りに残っている中ではもっとも古い家(1707年建築)…もちろん改造されていて煙草屋となっていた。うだつも立派に上がっている。

美馬市 観光情報|うだつの町並み

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ふと路地を覗くと板壁が舟板の古いものを使っていた…これは全国的に見られることで、江戸時代に川の水運と陸路の接点の宿場町に普通に見かけられた。船材は長尺で上等の木を使うため、破船となったあとこのように利用されるのである。路地の向こうは昔は吉野川の川湊で、今は高堤防で川とは区切られている。20年前に来たときは水路に木造の川船が何艘か浮いていた。現在は一部が河川公園のようになっている。観光適地と木造船の研究、同時に進めるのはなかなか大変、しかし時間が残り少ないので、取材は複雑多岐になって周囲は「変わった人」にしか見えないだろう。

 

 

徳島へ

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きのう今日で徳島県北部を旅した。1日目は雨で、脇町付近を探索…20年ぐらい前に来たときより「ちょっと厚化粧…」しかし快適に過ごせた。オデオン座はまだあり、興業もしているようだ。

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「うだつの町並み」も随分整備され(映画のセットのようで以前の古くてガタガタの方が好みである)…ともあれ雨の中2時間以上歩いたことになる。これから今回の旅について書いていこう。

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今回はすべてをこの組み合わせで撮影した。なるべくフルサイズで撮ることにしているこの頃である。

ひょうたん池

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公園の回りには堀があり、一部が閉ざされて池になっている。ひょっとしたら砲台跡の一部かも知れない。名前はひょうたん池となっているが、ひょうたん型より少し複雑な形である…やはり予算の都合か手入れが行き届いていないが、野鳥(カモやサギなど)が多く生息している。

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そして公園を出ると(公園の一部だろうが)野球場や体育館があり、これらは別の予算と思われ、とても整備が進んでいる。高速道路をくぐればもうすぐ海に出る。

 

ラヂオ塔

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蘇鉄山の東麓…去年9月の台風で倒れた配電設備、4ヶ月たっても復旧はされない。予算が港の堤防に回っているのだろうが、通電していためかなり危険な気がするのだが…晴れてきた。

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昨年来たときも紹介した東北山麓にあるラヂオ塔、元は天王寺公園にあったものをここへ歴史遺産として移築したものである。もちろんラジオの電波塔ではなく、ラジオそのものが家庭に普及する前の時代に最上段にラジオを据えて街頭や公園で放送をしたものだ。ラジオは経験がないが、筆者の子供の頃(1960年代)は「街頭テレビ」がまだまだ多く公園や商店街に見られたものだ。

京都のラジオ塔めぐり

まだまだ現代史跡として残っているようだ。

 

蘇鉄山

蘇鉄山|堺観光ガイド

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大浜公園の真ん中にそびえ立つ標高6.7mの蘇鉄山の頂上(登山開始2分で登頂)、この山の付近に史跡が配置されている。

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上記サイトにもあるとおり一等三角点を持つ日本一低い山である。蘇鉄山は周りにハッキリとした囲いがなく、道も判然としないが下草も刈られているためどこからでも簡単に登れる。

 

大浜公園 2

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次は明治36年に大阪で行われた内国勧業博覧会の第2会場となった堺の海浜地域に明治天皇が来場したときの記念碑がある。ただし碑そのものは堺市によって軍国まっ盛りの昭和15年に建てられたものである。

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そして公園の外周部は元の砲台跡があり、今は冬で枯れているが、現在は菖蒲園となっている。砲台の遺構として道から砲台に下りる階段の一部が残されている。見てのとおり柵があり使っているわけではない。砲台に関しては下記の資料が適当だろう。

幕末から明治へ 堺市立図書館

 

大浜公園へ

大浜公園(おおはまこうえん) 堺市

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港の端から1本新開地の道路を渡ると大浜公園だ。あまり整備されているとは言えないが、昔の大浜を少しだけ彷彿とさせる場所である。門をくぐるとスズカケの木が何本も植えてあり、「まっくろクロスケ」のような実がたくさんぶら下がっていた。

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この公園には近辺の史跡や碑が移転されている。由来の書いてあるものもあれば、碑だけでかなり調べないと分からないものも多い。周りはごく普通の住宅地で、1年前と比べると公園内は少しだけ整備が進んでいた。一方やはり昨年の台風で園内の電柱が倒れたままになっていたり…予算が多く回ってこない印象である。