Canon 40D

EOS 40D

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また新しい中古カメラだ…今度は2007年発売のCanon 40Dである。やはり先日のNikon D70S以上に新品に近い大切に使われた個体である。Nikonと同様にAPSCanonボディを1台しか持っていない(Kiss X7)のにレンズを何本か持っているのと、デジタル一眼レフカメラの普及期(2005年頃)にOLYMPUSPENTAXを選んだために触れる機会もなかったための購入である(実用と言うより楽しみ=当時のC&N製品がどうだったか?)。Canon 40Dを触って驚くのは、質感や操作性なども含めて現行機とそれほど変わらず、中身だけが漸進していったことだ。APS-CanonではKiss系が大成功してレギュラータイプは地味だったが、初めて机に置いて感心した次第である=フィルム時代、1997年までT-90を中心に使ってきたので理解もできる…その時と大きく見れば変わらない(斬新なようで保守的でもある)。

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EF-S 10-18mmF4.5-5.6で撮影(F10)拡大すると、さすがに1000万画素、2013年のKiss X7に比べると甘い=もちろん普通の鑑賞サイズなら大差はない。設定方法や内容も今のCanonと似ているために違和感なく使える。 レンズとの兼ね合いもあるので断定的なことは言えないが、画像の見かけ上のシャープネスはNikon D70Sの方が上だ、これは5DとD700を比べても同じことが言える。ただし絵造りという点ではCanonが勝っていると感じている(これは今も)。

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こちらはEF-S 24mmF2.8で(絞り開放)LED光下で撮影、ピント位置はコードレスフォンの十字ボタンの真ん中だ…ピッタリ合っている。AFもかなり速い。そして、かなり効果的なダストオフ機構も組み込まれた(30Dには無かった)。

 

バイパスをくぐって

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細い道を行くと、少し広い道に合流した…これが旧街道(今の国道163号線)の名残である。工事中のバイパスに狭いトンネルがあり、なんとか人も車も通れる。

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そしてトンネルを抜けると旧街道につながる…つまり街道は右の道からまっすぐ乾谷地区に行っていたのである。それによりこちらの枝村は本村と隔絶されることになるため、トンネルは開けられたと言うことである。現在は右の道は途中で切れていて、工事の資材置き場になっている。昨年も同じ場所に来たが工事は、予算が回らないのか、COVID19のためか、ほとんど進んでいない。

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上の写真の場所の背後を撮る…街道沿いに何軒かの農家が建っている。その先の白い車の見えている場所が現在の国道だ。ここが工事後にバイパスにつながるのである。旧の国道はまた静かな里道となるのだろう。

 

Nikon D70S

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先日息の根を止めてしまったFuji finepix S3proに換えて、今日Nikon D70Sがやってきた。 D70S Nikonのサイトを見ながら何にしようかと迷っていたが(なにしろ数が多い)APSフラッグシップ系は程度の良いモノが少なく値段も高いので、古い時代のテイストを快調に試すにはエントリー機(あるいは中級機)が良いと考えた。そして型番の横にSなどと書いてあるタイプは改良機なので完成度がたいていの場合高いためD70Sとなったのである。2005年発売、たったの610万画素のCCD機である。届いて見ると、やはりアマチュアの人が大切に使ってきたものとすぐに分かった…各部が綺麗でスレなどもない。これが本体・モニターカバー・アイピース・キャップ・バッテリー・充電器・ストラップ(これだけはカメラ店が付けた)と全部付きで、たったの6,000円なのである。先般の4/3OLYMPUS E系の機械は失われた規格なので(それにOLYMPUSの身売り)安いのは当たり前と思ったが、私の古い認識の「大ニコン」でも同じことのようになっているのだ。

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さっそく悪天候の中、テスト撮影…ここではNIKKOR 18-70mmF3.5-4.5G ED(このレンズがキットズームになっていた=同時代)の望遠端で見てみる。AWBは曇り日に反応して青味が消されているが、少しオーバー気味で黄色っぽい。これは設定を+1青に寄せよう。肝心の解像力だが、画素数に比べてシャープ感がある(絞りはF5.6)し、比較的周辺まで良く写っている。

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上の中央部を切り出した…測距も遅いが確実である。ただし暗い場所ではAFは迷ってしまってなかなか決まらない。写りは充分と言えるが感度はISO200どまりと考えるべきである。400にするとノイズが急に増えてくる。

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接写における測距も遅いが正確であった。白色LED下での撮影だがAWBは標準設定ではやはり濁りがある。しかし!今回の選択は正しかった。




 

廃屋の梅

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村はずれに来ると、やはり廃屋が何軒かある。すぐ傍に国道が走り、鉄道の駅も車やバスで10分以内に着くし、ニュータウン内のスーパーにも近いのに、なぜか過疎地の集落のような景色が随所に見られる。どうも便利なだけでは解決できない問題があるのだろう(見当は付いているが今は述べない)。門は戸板で閉じられているが、真ん中に瓶が1本ぶら下がっている。これは入るなという印である。廃屋とは言っても放棄された訳ではない。

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家の庭の八重梅は満開であった…もちろん最低限の手入れはなされているので、このようにキレイに咲くのである。時々は持ち主か管理者が立ち寄っているのだ。これが上の写真の瓶の印に結びつくのである。

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そして更に畑の端へ行くと、もうそこは化外の地である。バイパス工事で買い上げられた土地は草茫々で、バイパス工事現場にあった地蔵堂は畑の隅(外れとはいえ村の中)に移設・新築されていた…よくあることだが予算が付いたのだろう。バイパスの向こうにも集落の続きがあり、道によって本村と出屋敷は完全に分断された。

 

乾谷大師堂

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地区の中心を走る道路から村中の小径を歩く。ワイドで撮っているので広く見えるが、実際は離合困難な道で、住民以外は車では入らない。蔵のあるようなお屋敷があるかと思うと、無住の家もあり、ここでは屋敷地が更地になっている。建て直しで今風の家に変わりつつある。しかし全体としては歩いていて気持ちの良い道である。

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村の中心の場所に来た。ここは十字路で多少の広さがある。ここに六地蔵を祀ったお堂があり、その向こうに最近再建された「乾谷大師堂」が建っている。平城京の時代の創建というからかなり古い…その後平安時代弘法大師空海がやってきて再建したという伝説である。地蔵堂前の井戸も同時期の古井戸と伝えられている。私の街も元は乾谷地区の土地だったが、あまりに知らないことが多すぎる…歩くに限る。

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そして南の村はずれにポンと出る(村中には面白いものが多いが、また別の小径を引き返して見てみる)。田畑が広がる真ん中に古い豪農の家が一軒建っていた。その右には不吉なバイパス道路の建設が進んでいる。そして畑の下を山田川が流れていて、対岸は完全にニュータウンとして開発済みである。この日は暖かく、田畑の整備が始まっていた。

 

村はずれ

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今日も近在への夕刻散歩…一番近い集落の裏側から入る。村はずれのお地蔵さんが迎えてくれる(村を守っている)。ここが本来の村はずれで後ろの二軒は出屋敷(分家宅)である。

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中はこのようで、左に地蔵菩薩、右に五輪塔…いずれも小さくて摩滅は著しいが、村を守る存在であるためか廃仏毀釈の毀損の跡はない。今日は旗日、生花が供えられていた。

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物音が背後に聞こえて山の方を向くと、おばあさんが自転車でやって来て、細い山道を上がっていくのが見えた。この先に畑があるのか祠があるのか…今度自分で登ってみようと思う。

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今回のカメラはこれだ。古いが良く写る…弱いのは評価測光だが、さすがにFFフォーマット、ダイナミックレンジは小フォーマットに比べると広い=結果として写りが軟らかくなる(「忠実」で設定していて、コントラストを1段上げても良さそう)。

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田圃の隅に一本の梅の木があり、三分咲き程度に開花していた。その上には大きな栗の木も植わっていたので、梅の枝や根方に栗の実がたくさん見られた…私の生家も農家だったので同じだが、畑や田の隅に自家消費用に実の成る草木を植えていたのであろう。今は栗も梅も採らなくなったので半野生である。これら以外にも別の隅に柿や柑橘が植わっている。 そして林の向こうの明るい竹藪は自衛隊の敷地になっている。

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私有地と敷地の間は柵で仕切られている。鉄の柵が自衛隊が施設したもので、板材は鉄柵が錆びて、所どころほころびている場所から田畑にイノシシや鹿が入らぬように農家が設けたものである。予算がないのか鉄柵や鉄条網はあちこちで腐っていて、山の中では境界がハッキリしなくなっている。

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さて田圃をグルリと回って隣の元出作り小屋に来た。こちらの小屋は半倒壊していて放棄されたままだ=ここも20年ぐらい前は使われていた。もう一軒の小屋は壊されて更地となり、擁壁を整備していて何か建物が建つのだろうが、場所が場所だけに規制が厳しく、建設はまったく始まっていない。

 

出作り小屋

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今日も良い天気、用事があって出かけたついでに、道の脇に残された「最後の出作り小屋」…以前は三軒ばかりあったのだが、今はここの一軒だけが形を残している。軽トラックの無かった時代、家から離れた場所にある耕作地へ通うのが大変だったので、農繁期には泊まり込みで作業をするための小屋で、小さな台所や便所(これは下肥となる)、簡易な座敷まで備えている。前述のとおり、私も奈良で使わなくなった出作り小屋を改装した借家に3年ばかり住んでいたので、なんとなく懐かしい気持ちがあったのである。また駅までの通り道(煤谷川の両岸の耕作地)にあったため、しょっちゅう眺めていた。

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数年前までは老夫婦が農作業をしていて、ときおり小さな小屋の前にちょこんと腰をかけて休んでいる姿が道から見えていた。勿論今の時代、軽トラで小屋の前までやって来て、泊まり込みまではしないものの、小屋を拠点にして作業をしていたのである(食事や雨宿り、休憩など)。しかし代替わりしたのか現在は出作り小屋としては使われていない。周りは田畑だが家の前はちょっとした庭になっていて、当時に植えられた水仙や菜の花、桜(これはなかなかの古木)などがまだ元気である。農業そのものをやめた訳ではないため、草刈りもしているし、農機具の倉庫としては使っているようだ。

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小屋の横は比較的大きな田圃である。煤谷川の低い河岸段丘(三段程度)の両岸に段々に田圃が形成されている。この道のずっと奥の東畑の耕作地なのである(地区内は山間部なので耕作できる場所は限られている)。

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カメラはやはりコレ、NIKKOR 18-55mm/F3.5-5.6G-VRNIKKOR 18-70mmF3.5-4.5G EDも持っているが、どうもキットズームにも関わらず18-55mmの方がやや良さそうに思われる(まだ断定はできない)。

 

Canon 5D-III

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今日は良い天気だったが休息のため、保管庫の移動やカメラの手入れをした。ついでに庭にて撮影。

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先日のFuji finepix S5proと似たような撮影である。これぐらいのサイズではまったく差はない。違うのはピントではなくダイナミックレンジで、印刷の際は差が出る。そして情報量が増えるので、撮影したときは気づかなかった予期せぬモノが写っていたりする。更に言えば、一般的なアマチュアにとってはAPSやm4/3のカメラで充分良い写真が撮れることも意味している。

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こちらも同様である。しかしCanon 5D-IIIの評価測光はハイライトに引っぱられて、やや露出オーバーになることが分かる。

 

浄瑠璃寺-6

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だいぶ陽が傾いてきた(1時間半境内とその周辺を歩いた)ので、そろそろ帰り支度で、三重の塔の前から本堂を見た。僅かな数の参拝者も帰りはじめ、人影はない。

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山門から参道を見る…いつもそう思うが、寺の規模や格式から考えると小さく地味な山門である。おそらく昔は仁王門が建っていたのだろう。

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駐車場に戻ると、1時間に1本のバスがやってきた。古い看板と路肩の柑橘の木、そしてローカルバス、好い風景だ。これで今回の浄瑠璃寺の旅は終わり。OLYMPUS E-1は逆光に強い注意をはらえば、まだまだ現役で使えるカメラだった。